「タイでITエンジニアとして働く」と聞いて、どんな職場を想像するでしょうか。日系企業の社内SE、日本向けのオフショア開発、それとも東南アジアのスタートアップでしょうか。実際にABROADERS CAREERに掲載されているタイのITエンジニア求人14件(オープン系/汎用系、2026年8月時点)を一件ずつ読んでみると、そのどれもが存在していて、しかも給与や働き方にかなりの幅があることが分かります。
この記事では、公開されている求人の中身と、2026年に入ってから相次いでいるタイへのデジタル投資の動きを重ね合わせながら、タイでITエンジニアとして働くという選択肢を具体的に検討できるだけの材料をまとめました。年収の相場、英語がどこまで必要か、未経験や異業種から挑戦できるのか、ビザはどうなるのか。順番に見ていきます。
【2026年最新】8,420億バーツのデータセンター|タイに世界のテック投資が集まっている
まず、いまタイで何が起きているかを押さえておきましょう。タイ投資委員会(BOI)は2026年5月6日の理事会で、総額9,580億バーツ(約290億ドル)にのぼる6件の大型プロジェクトを一括承認しました。この中で最大の案件が、TikTokによる8,420億バーツのデータセンター投資です。
動きはそれだけではありません。BOIは2026年7月8日にも、新規投資9件・総額約20億ドルを承認しています。ここには日系のデータセクションによるAI向けデータセンター投資が含まれており、同社は大型投資を加速させる「Thailand FastPass」制度の認定も受けています。認定証の授与式は2026年6月23日にタイ首相府で行われました。
データセンターやAIインフラへの投資が相次ぐということは、それを設計し、構築し、運用する人材への需要が生まれるということです。加えてタイに拠点を置く日系企業にとっては、こうしたインフラの整備が社内システムのクラウド移行やデータ活用を後押しする材料になります。タイのIT求人が「日本向けオフショア開発」だけではないことの背景には、こうしたインフラ側の動きがあります。
なぜ日本人ITエンジニアに声がかかるのか|タイ側の事情
とはいえ、タイにはタイ人のエンジニアがいます。なぜわざわざ日本人を採用するのでしょうか。掲載求人を読み込むと、理由は大きく3つに整理できます。
ひとつめは、顧客が日系企業だからです。掲載求人14件のうち、日系のSIベンダーやシステムインテグレーション企業が複数を占めています。ある求人には「日系SIベンダーとして、製造業、物流業のお客様に対し各種ソリューションを提供」とあり、要件定義から導入教育までを担うと書かれています。顧客の情シス担当者が日本人で、仕様の背景にある日本の商習慣を理解している必要がある。ここに日本人エンジニアの居場所があります。
ふたつめは、日本本社との橋渡しです。日本のマーケティング会社のオフショア開発拠点や、CMS構築を強みとする企業の海外進出拠点など、日本と行き来しながらプロジェクトを進める職場が実際に募集を出しています。技術力に加えて、日本側の期待値を翻訳できる人が求められます。
みっつめは、タイ発の事業を日本人チームで回しているケースです。BOI認可を受けてタイでECサイトを開発・運営している企業は、化粧品やサプリメントなど数万点を扱うサイトを約10サイト自社で運営しており、システムエンジニア、データアナリスト、クラウドインフラエンジニアと複数のポジションを同時に募集しています。この企業の求人にはいずれも「語学力不問」「現地採用社員活躍中」とあり、一部には「オフィスに日本人10名以上」とも記載されています。日本語で完結する開発現場がタイにあることを示しています。
SIer・EC・オフショア開発|募集しているのはこんな企業
募集企業のタイプを、掲載求人から4つに分けて整理します。
日系SIベンダー・システムインテグレーター。製造業や物流業、金融機関向けにソフトウェア製品の販売やシステム構築を行う企業群です。クラウドやセキュリティに強みを持つ会社、自社開発ソフトウェアを扱う上場企業などがあり、給与レンジは65,000〜150,000バーツと幅があります。
EC事業会社。2007年にBOI認可を取得し、日本向けを中心にECサイトを自社開発・運営している企業です。近年はグローバル向け案件の比重を高めており、システムエンジニア、データアナリスト、クラウドインフラエンジニア、WEB運用改善ディレクターと職種の幅が広いのが特徴です。年間休日126日(2025年実績)という条件も掲載されています。
Web制作・オフショア開発。大手広告代理店グループの日系WEB開発企業、印刷会社を出自としてDX支援まで手がける企業、CMS構築を強みとするスタートアップなどが該当します。プロジェクトマネージャーやITプロジェクト推進コーディネーターといった、手を動かすだけでない役割の募集が目立ちます。
メーカー・商社の技術部門。日系大手エレクトロニクス商社の車載向け組込みソフト開発(MBD/Matlab・Simulink)や、日系大手エアコンメーカーの制御ソフト開発などです。後者はチョンブリー勤務で、賞与7か月以上という条件が提示されています。
開発・PM・データ分析・インフラ|4つの仕事の中身
「ITエンジニア」とひと括りにされがちですが、タイの求人は次の4系統に分かれます。
- 開発(Web・業務システム・組込み):ERP SaaSを活用した基幹システム導入やカスタムアドオン開発、CRMアプリケーション、あるいは車載電子制御システムの要求分析から設計・実装・評価まで。組込み系は自動車と空調機器の2分野で募集があります。
- プロジェクトマネジメント:クライアントとの折衝、要件定義、スケジュール作成と進行管理、予算・原価管理。AsanaやJira、Monday.comといったツールでのタスク管理が明記された求人もあります。
- データ分析:EC事業における課題解決を目的に、分析結果から施策・事業提案までを行うデータアナリスト。事業推進の一端を担う位置づけで、給与は80,000〜150,000バーツです。
- インフラ・クラウド・セキュリティ:ネットワークとシステムインフラの設計・構築・保守、性能監視とトラブルシューティング、セキュリティ最適化。クラウドインフラエンジニアの求人は90,000〜150,000バーツと高めのレンジです。
日本では「開発一本」でキャリアを積んできた方でも、タイでは要件定義や顧客折衝、現地スタッフのマネジメントまで任される場面が増えます。職域が横に広がりやすいのが海外拠点の特徴だと考えておくとよいでしょう。
朝8時始業、週2日リモートも|タイで働くエンジニアの一日
勤務時間を並べてみると、職場のタイプによってはっきり差が出ます。日系SIベンダーやエレクトロニクス商社は8:00〜17:00が中心。一方、EC事業会社は4件とも9:00〜18:00です。Web制作系は8:00〜17:15と早い企業もあり、業態よりも会社ごとの差が大きいのが実情です。バンコクの朝は渋滞が激しいため、始業が1時間違うだけで通勤の負担はかなり変わります。
リモートワークについては、システムインテグレーション企業の求人に「週3日オフィス勤務、週2日在宅勤務可能」、別のIT企業に「週2回リモートワーク勤務可能」と明記されています。全社リモートという求人は見当たらず、ハイブリッド勤務を明記しているのも14件中2件にとどまります。
休日は土日祝が基本です。特筆すべきはEC事業会社で、年間休日126日(2025年)に加えて有給休暇年6日、健康報奨休日年6日という制度を持っています。Web制作系では年間休日114日程度という求人もあり、ここは企業ごとの差が大きいポイントです。
月給5万〜15万バーツ|公開求人14件から見る年収の実態
掲載求人14件の給与レンジを、職種の系統別に整理しました。
| 系統 | 月給レンジ(バーツ) | 代表的なポジション |
|---|---|---|
| 開発(Web・業務系) | 65,000〜150,000 | Webエンジニア、システムエンジニア |
| 組込み・車載 | 50,000〜80,000 | 組込みソフトウェアエンジニア |
| プロジェクトマネジメント | 80,000〜150,000 | PM、プリセールスエンジニア |
| データ分析 | 80,000〜150,000 | データアナリスト |
| インフラ・クラウド | 70,000〜150,000 | クラウドインフラエンジニア |
全体では月給50,000バーツから150,000バーツまでの幅があります。下限にあたるのは組込み系の若手ポジションや、日系大手エレクトロニクス商社のソフトウェアエンジニア(50,000〜60,000バーツ)。上限に近いのは、システムインテグレーション企業のシステムエンジニア(100,000〜150,000バーツ)やプリセールスエンジニア/PM(120,000〜150,000バーツ)です。
金額だけでなく、付帯条件も確認しておきたいところです。ある日系SIベンダーの求人には「所得税会社負担!オファー額がそのまま手取りとなります」「社用車貸与」とあります。タイの個人所得税は累進課税のため、この差は決して小さくありません。エアコンメーカーの求人にある「賞与7か月以上」も、年収ベースで見れば大きな違いを生みます。提示された月給だけで比較すると判断を誤ります。
英語はどこまで必要か|「語学力不問」の求人が示すもの
海外転職を考えるときに最も気になるのが語学でしょう。結論から言えば、タイのITエンジニア求人では語学力の要求が職場によって大きく異なります。
掲載14件のうち4件には、明確に「語学力不問」と記載されています。いずれもEC事業会社の求人で、「現地採用社員活躍中」「オフィスに日本人10名以上」という条件が併記されています。開発チームが日本人中心で構成され、日本向けのサービスを作っている環境であれば、日本語だけで業務が回るということです。
一方で「英語力が活かせる」「日常会話レベルの英語力で応募可能」とする求人もあります。タイ人メンバーと協働する開発チームや、顧客企業を訪問してDX推進の課題をヒアリングするようなポジションでは、英語が業務の前提になります。
整理すると、日本向け開発・日系顧客中心の職場では語学のハードルは低く、現地チームや現地顧客と向き合うポジションでは英語が必要、という構図です。まずは自分がどちらの働き方を望むのかを決めると、求人の絞り込みが楽になります。なお、タイ語については求人票で必須とされているケースはほとんど見当たりません。
異業種・30代から挑戦できるか
「未経験OK」を掲げるITエンジニア求人は、正直なところ多くありません。掲載求人の多くは、システム開発の経験やインフラ構築の実務、特定技術(MBD、Matlab/Simulink、ERP SaaSなど)の知識を求めています。ITエンジニアとしての土台がない状態からタイで就職するのは、現実的には難しいと考えたほうがよいでしょう。
ただし、道がないわけではありません。ひとつは「新卒歓迎」「20代活躍中」を掲げる求人からの入口です。日系大手エレクトロニクス商社のソフトウェアエンジニア(PM)の求人は、新卒歓迎かつ20代・30代が活躍中とされ、給与は50,000〜60,000バーツからのスタートです。
もうひとつは、日本でIT経験を積んだ方が業界を変えて入るルートです。たとえば日本でSIerにいた方がタイのEC事業会社へ、あるいはWeb制作会社にいた方がDX支援の企業へ、といった移り方は十分に現実的です。求人には「30代活躍中」「キャリアパス豊富」といった条件が並んでおり、年齢そのものが壁になっている様子は求人票からは読み取れません。
ビザ・就労許可と、現地採用という選び方
タイで働くには、ノンイミグラントBビザ(就労目的の査証)とワークパーミット(労働許可証)の2つが必要です。掲載されているITエンジニア求人はいずれも現地法人による正社員採用で、これらの手続きは採用企業が主体となって進めるのが一般的です。応募者が自分で申請書類を揃えて役所へ通う、という場面はほとんどありません。
ここで押さえておきたいのが、現地採用と駐在員の違いです。駐在員は日本本社に籍を置いたまま派遣される形で、給与は日本水準に海外手当が加算され、住居も会社負担というケースが多くあります。一方の現地採用は、タイの現地法人と直接雇用契約を結ぶ形です。給与はバーツ建てで現地水準になりますが、自分の意思で企業を選べること、日本本社の人事異動に左右されないこと、そして生活の拠点を自分で決められることが大きな利点です。
この記事で紹介してきた求人は、すべて現地採用のポジションです。「駐在のチャンスを待つ」のではなく「自分でタイに行く」という選択肢が、これだけの幅で存在していることは知っておいて損はありません。
転職の進め方|求人の探し方から内定まで
最後に、実際に動き出すときの流れを整理します。
1. 自分の型を決める。日本語で完結する開発現場を選ぶのか、英語を使って現地チームと働くのか。ここが定まると見るべき求人が半分以下に絞れます。
2. 求人を条件で比較する。月給だけでなく、所得税の会社負担、賞与、年間休日、リモート可否、勤務地の交通利便性まで並べて比べてください。掲載求人を見る限り、同じ給与帯でも条件の総和はかなり違います。
3. 選考を受ける。タイの求人ではオンライン選考が広く使われており、掲載求人にも「オンラインで一次面接実施可能」「オンラインで内定まで」といった条件が複数見られます。日本にいながら選考を進められるため、渡航を先に決める必要はありません。
4. 内定後の手続きは会社と進める。ビザとワークパーミットは企業側が主導します。渡航時期、住居、初期費用の扱いは内定後の条件交渉で確認しておきましょう。
タイのITエンジニア求人は、タイ全体の掲載求人に占める割合で見ると6.45%(オープン系/汎用系)です。決して最大のカテゴリではありませんが、データセンターやAIインフラへの投資が続く中で、この国のIT環境が変わりつつあることは間違いありません。まずは実際の求人を眺めてみるところから始めてみてください。
※本記事の求人情報・給与・勤務条件は、ABROADERS CAREER 掲載求人(求人掲載元:Reeracoen Thailand、2026年8月時点)に基づいています。職種分布は同サイトの「タイ 転職トレンド分析 2026」を参照しました。BOIの投資承認に関する情報は、バンコク週報(2026年5月承認分/2026年7月承認分)およびデータセクション株式会社のプレスリリースによります。